2017年08月30日

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所用のために描いてたロパノザ やっと色を決めた…!

9月上旬の引越目がけて家がわちゃわちゃの状態です…
新居は今のところから歩いて10分程のところなので、少しずつ運べる荷物を運んでいる状態です。今よりちょっとだけ緑が多くて、蝶をたくさん見かけました。楽しみ。
片付けるのも手放すのも捨てるのも苦手な自分は、こういう機会がないとものが増える一方になってしまうのですが、『苦手』とは文字通り、選別して手放す覚悟と共に自分の心臓を抉っていくものに思います。
たぶん一生これを繰り返すと思います。人生5回目の引越です。
手放す覚悟と引き換えに得る隙間は、少し時間が経たないとわからないかもしれない。

自分の中のもやもやした気持ちを、拙くても自分のためでも絵や漫画に出来て良かったのかも知れない。そうやって吐き出すことで、生きてこられたのかも知れない。
そう思ったら、もう少し、自分に素直にいろいろ描いても良いのかなと思ったのです。また、見えない誰かに遠慮していたような気もする。
と思ったのは。2008年から描き溜めていたらくがきネタ帳を見ていた時。(そろそろ17冊目が終わるのです!)2013年あたりからの絵が自分で見てすごくつまらないのです。変によそ行きというか。その前に戻るのが良いことか悪いことか可能不可能はさて置き、思い当たる節はいろいろあって。ぐわーっと頭の中の電流を殴り描きする瞬間に、誰に遠慮する必要があるのか…よそ行きにするなら、そのあといくらでも精製すればいいのです(最もその精製も全然得意ではないのですが)
そういうことをぐるぐる考えていたら、描きかけの絵とか完成出来なかったネームがいっぱい出て来て。なんかすごく悔しくなりました。

9月には楽しみもたくさんなのでもうちょっと辛抱して頑張りたいです
posted by 岡亭みゆ at 21:44| 考察

2016年03月21日

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自分で自分の大好きなものを拒絶して、大好きの気持ちを全否定していたような感覚
世の中のきらきらが別の世界のもののように感じる感覚
自分の持っているものがぜんぶぜんぶ、ニセモノに思える感覚
本物なんてないような感覚
なにを以て思考停止とするのか
なにを以て行動停止とするのか

創作物の途中経過を見るのが好きだったはずなのだけど、いつからかめっきり駄目になってしまって、原因を探るのもいつからかを思い出すのも何か違う気がしたのでどうしたものかと思っていたのだけど、そもそも、『完成品』を見る前に見る『途中経過』がすごく苦手だったのを思い出した。それだ。パズルピース見つかった。
それがわかってから、自分が苦手なのに「じゃあなんで自分は途中経過を見せたがるんだ?」という思考に至って、いつも途中経過を晒したあとすごく後悔した気分になるのはこれの所為だと気付いた。
完成までのモチベーションを保つよりも、後悔の方が大きい。それはあんまり良くないのでは。と思って、そういうのを止めてみている。
あと、「今あれ進めてる」っていう話も、見られているというモチベ維持よりも呟いた後「でもまだ完成してないんだろ」という罪悪感に狩られて気持ち悪くなってしまうので止めてみている。

自分にあったモチベーションの維持がまだ定まらない。ずっと前にやってた、身内で進捗をひたすら報告するのも、今の自分だと気持ち悪くなってしまった。他人の進捗状況が入ってくるのが怖くてしょうがない。
手帳に一言で創作進捗付けるのは続いてるから、こっちの方があっているのか。まだわからない。

ひと月くらいひどい気落ちで、仕事中に泣いたりを繰り返していたんだけどそろそろ復活したい。
ずっとエンターテイメントを提供するだけのロボットになりたいって思っていたけど、どうにも無理だなあ
気温差激しい時期になってきたけど、仕事の遅番にもだいぶ慣れてきたし、身体に気を付けて行きたいところ。
posted by 岡亭みゆ at 00:39| 考察

2015年07月13日

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らくがき。レジェロとアジタート。

だいぶ前から読もうと思っていたとある方のweb漫画をやっと読みました。
絵がとても好みだったのだけどいつものアレでなかなか読み出せなくて、そしていつもどおりの流れでなぜもっと早く読まなかった、となってます 完全にいつもの流れです orz
漫画がとても面白く好みだった、というのももちろんあるのだけど、漫画や製作への姿勢がとても素敵だなっと思ったのでした。
なんというか、『漫画にすること』から逃げてた感じがあるんです私。自覚はしていたし不定期に襲い来る波みたいなものなんですけど。でも今日この漫画読んで、ものすごく『漫画で描きたい』って思って。この気持ち忘れたくない。作品世界それぞれにあった形態で作っていきたいけど、『漫画』を選ぼうとしたものを別の形態にするのはもう嫌だ。
そういう気持ちにしてもらえたのはとても貴重だったと思う。

あと、これはコミティア休むのを決めたあたりから思っていたんですけど、『紙媒体で発表→webへ掲載』から『web媒体で発表→紙媒体にまとめて発行』にずっとシフトしたくて。これは単純に活動の仕方への気持ちの変化だと思います。…キエウタの時に数日とはいえ先にweb公開してたときあたりからその節あったのかもしれないけど…
どちらにせよ描かないことにはなにもはじまらないことではありますが。

そんなことをつらつら考えてみたりしています。

3年ぶりくらいに野生のカマキリを見ました。4cmくらいの子供だったけど。腕歩かせてみたら可愛すぎて卒倒するかと思いました… かわいい…かわいいい…
こんなこと言ってるけど小学生の頃オオカマキリに顔に飛びかかられたことがあります でも好きです
posted by 岡亭みゆ at 01:02| 考察

2014年12月07日

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他人への過干渉の恐怖と、情報過多と、「あの人はあんなに頑張ってるのに」という思考停止から、どうしようもなく他人の行動を知るのが怖くなる時がある。頻度は増えている。
自分の時間の使い方がわからない。手帳を見返したらまた数ヶ月に渡って毎週入っている土曜出勤にうんざりした。明らかに振り回されている。
「時間がない」と「(仕事による)疲れた」だけは絶対に言いたくないのに、最近馬鹿みたいに漏れだしてる。

書きたいことが溜まってきました。
好きのベクトルをまた必死に磨いています。
好きがわからなくなるのが一番怖いです。

コミティアへの参加休止と、霜色いしころ閉鎖の理由はほぼ同じです。
たからものをたからものと見えなくなった状態に、何かを手放すことでしかもう進めなくなったと確信したからです。

私は私ひとりで、火色星は私にしか描けなくて、私が描かないとどうにもならないということを、なぜこんなすぐにおいてけぼりにしてしまうんだろうか
posted by 岡亭みゆ at 03:59| 考察

2014年11月19日

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キャラクターを無限に作ってしまうことを自分の小さな小さな強みだとは思いつつも、同時にここ数年くらいからコンプレックスでもあった。
ひとつのキャラクターに集中出来ていないために魅力が分散すると何かの記事で読んだ。
たくさんのキャラクター全てを描こうとするためにひとつひとつのキャラクターが薄くなるとも何かで読んだ。
そういう記事を読む度図星なのを意識しつつ、受け入れた後誰の意見かわからないぐちゃぐちゃしたものが残るのを少なからず感じていた。

物語を描きたい、というのは大きい且つ基本目標ではあるのだけど、じゃあ、その物語が描かれてないその他無数のキャラクター達は、存在する理由はないことになるのだろうか。
ある人が見たらもちろんそう思うのかも知れない。それが多数派の意見なのかも知れない。
だけど最近(もしかしたらずっと思っていたことなのかもしれないけど)それは自分の意見じゃないなあとも考えるようになった。

キャラクターがまだ絵だけしかない状態は、作者の独りよがりに他ならないのかもしれないのかもしれないけど、じゃあそれは意味がないとか思ってしまうのは、なんだかとてもさみしいことに思う。
少なくとも、私が考える私の創作に対しては。
はっきりさせたくて文章に起こしてみたけど、ぜんぜんうまく言えないなあ…
posted by 岡亭みゆ at 02:06| 考察

2014年07月22日

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先週末に生まれて始めて蝉の羽化の瞬間を見ました。雨の中抜け殻から出てくるそれを、たぶん一生忘れないと思う。抜け殻は無事に回収、今年も蝉の鳴き声が聞こえる時期になりました。

つづき。
posted by 岡亭みゆ at 00:46| 考察

2014年04月24日

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ほんとのことを言うと、
ずっとずっと“火色星”から離れたくて
ずっとずっと“岡亭みゆ”から離れたくて
今までと全然違うことをやりたくて
今までと全然違うものになりたくて
たぶんそれはずっと受け続けてきた応援の言葉に答えきれない焦りからの逃避なんだろうなあ
ほんとは一番離れたくないものなのになあ

社会なんて世界なんて自分とは関係のないとこで動いていて
自分一人なんか消えたって全然問題なんかなくって
試しに消えてみても本当に問題なんかないのだけど
それはネットやコミティアだって全く例外ではないのだけど

昨日コミティアお休みのお知らせを書いたら、次回お会いしましょうって、本楽しみにしてますって言ってもらえたの、すごく嬉しかったんだ。
2009年の春頃にネットから全撤退したときとか、
2010〜2011年にかけてコミティアお休みしてたときのことを少し思い出した。

私がいなくなっても世界は廻っていくけれど、
私が死んでしまったら私の世界はもう廻らない。
自分の創作のスタイルは本来そこから来ているもの
発表した時点で誰かとの共有物になるとは言うけど、それとこれとは別の議題。
私が死んでしまったら、私のキャラクター達はもう息をしない。

昔あんなに書けていたことを思い出して、また趣味と割り切って小説を書いてみようかなあとか思うんだけど、駄目なんだよなあ。漫画用の、プロットになってしまう。
昔小説を書いていてあんなに楽しかったのは、趣味と割り切っていたから。それに気付いた時に思ったのは、『あ、趣味でやるものづくりってこんなに気が楽で楽しいんだ』ってことと、『漫画もそう出来たらもっと楽しいんだろうか』ってことと、『それは無理なんだろうなあ』ってことと
他人からどう見えるかじゃなくてね たった8ページとかの漫画とかでも、自分の中では趣味とか自己満足とかの言葉を使うのが嫌で

なにが受けるのかわからないとか、ファンタジーが今時流行りじゃなくて描きづらいって友達に相談したら、
それは流行りに受け入れてもらえないことに怖がってるだけじゃないか って言ってくれた
たぶんそれも欲しかった言葉のひとつだ
また貰ってばっかりだなあ…

風邪、少し落ち着きました。仕事一日休んでしまった…
posted by 岡亭みゆ at 22:58| Comment(0) | 考察

2014年03月11日

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自惚れた話を致しますと自分のキャラクターと世界観がやっぱり大好きで、それは他のものとかと比べてどうとかっていう次元じゃなくて、極めて主観的に大好きで、許されるなら四六時中そのことを考えていられるくらいで
自分の絵柄は、たぶんそんなに嫌いじゃないと思う。そうじゃなければこんなに絵柄が変わらないわけがないのだ。
でも作ったものどころか作ってる最中死にたくなるほど自信がない。
創作者万人のよくある悩みだとは聞くけど。そうだとわかってても。気軽に始めた”らくがき”ですら苦しくて吐きそうになるのはおかしいんじゃないだろうか。なんでらくがきでこんな苦しい思いをしなきゃいけないんだ
現実と理想のギャップに苦しむ結果とも良く聞くけど、それだけなんだろうか。それだけ、なんだろうか…
想像通りに描けないとキャラクターに謝りたくなるのって私だけなんだろうか。
「昔の方が良かった」って言われるのが怖い。そしてそういうこと悩みながら描いてる時って大抵なんか楽しそうじゃない。
過去をこれ以上否定したくないし現在も未来もこれ以上否定したくない。
posted by 岡亭みゆ at 00:46| Comment(0) | 考察

2013年12月19日

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少し前に某方に【『描きたい』か『認められたいか』】のお話をしてもらって、それは自分の中のものを見返す機会になって、良い傷になって残り続けているんだけど。
そのお話を聞いたとき、自分は【描きたい】のだと答えた。そう答えたけど なんかちょっと『今』は違うんじゃないかと思い始めた
【描きたい】ことに変わりはないけど、じゃあ自分の【描きたい】の気持ちで、今動けているか?
ちょっと違うんじゃないか。

じゃあ認められたいのか。認められたい。
もう手段を選んでる時間とかないんじゃないかという焦りはある。でも、それでも、媚びまで行くと、それは自分には出来ないのだ。
何を受け入れて何を切り捨てて何を抱えていくのか、もう一度選別する必要があるのか。

認められたいかどうか聞かれると、なんとなく、二次創作をやめて活動を一次創作のみに切り替えたあの日のことを思い出す。
あれははっきり認められたいからだ。岡亭みゆは一次創作をやる人間だと、認められたかったからだ。
そしてそれは今もだ。この名前は、自分の作品を描くために在るべきだと思う。

こういう内容もうちょっとだけ続くかもしれません が 言ったところでなんかわりといつもどおりですね…
posted by 岡亭みゆ at 01:55| Comment(0) | 考察

2013年12月14日

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描くことに理由付けるのが嫌いなのを自分のことなのに自分で忘れてたわ
描きたいから描くで良いじゃんか
なにかを伝えると意識せず書かれたものは強いものにはならないとか言われたの思い出してたけどそれは最もなんだけど
私はこれを伝えたいがためにこれを描いて〜〜〜〜のやり方は私は何度も失敗してますね
じゃあ伝えたいことがないので描けない云々ももうずっとそうなんだけど そうじゃないんだよ!

ただ描きたいと思ったものは誰にも負けないくらいには思ってないと成立しないとは思うんだけど
うーんこれ全部自分向けね 他の人がどうやってるか口出しする気はないけど
きっちり決めてやった方がやりやすいって人絶対いるだろうし

私は何が描きたいかっていうと
もうずっと前から
おとなという世界に反抗する少年少女なんだ
posted by 岡亭みゆ at 00:14| Comment(0) | 考察